【消失】
僕は久しぶりに会う彼女との再会の場所を、あの店にした。
数ヶ月前、彼女と僕が初めて会った店だ。
あの時と同じ店の同じ席に座り、同じコーヒーを注文し、
彼女も読んだことのあると言っていた文庫本を取り出した。
あの時から僕と彼女は少しながらいろんな時間を共有した。
彼女が赤色が好きだということも、犬を飼っていることも、
笑うとえくぼが左にだけできることも知った。
でも僕は「会って話がしたい」というメールを彼女からもらってからというもの、
何故だか彼女を遠くに感じていた。
ただ一方的に彼女を見ていた時よりずっと、彼女を遠くに感じるようになった。
待ち合わせ15分前。
彼女は来ない。
彼女は僕の知る限り約束の15分前には必ず現れる人だ。
待ち合わせ10分前。
彼女は、
来ない。
『このまま彼女がこなくてもいいかな…。』僕はそんな風にも思った。
そもそも、もしかしたら、彼女と僕の今の関係は、僕の自分勝手な欲望が招いた夢だったのかもしれない。
彼女と僕は今日会う約束なんてしていないし、僕は彼女の連絡先も知らないし、
彼女とこの店で会ったこともない。
僕は他力本願に彼女を横目で追うだけで、彼女は僕のことなんて知りもしない書店の女の子。
そんな気さえしてきた。
『そっかぁ…。夢だったのか。本ばっかり読んでるから、僕の想像力もなかなか捨てたもんじゃないな』と思い、
文庫本から顔をあげたら、
彼女が僕の前に現れた。
しばらく見ないうちに少しやせた気がする。
表情もどこか暗い。
僕は文庫本を机に置いて、彼女に話しかけた。
「久し振りだね。元気だった?」
あきらかに元気のない彼女を目の前にしての自分の定型文な発言に嫌気がさした。
心の中で小さく舌打ちをする。
「・・・、いや、あんまり元気じゃないかな…。」
僕と目を合わそうとせず、彼女は痛々しく笑った。
そこから彼女が自分のことを話し出すまで30分程掛った。
彼女がぽつりぽつりと話す内容を一言も聞き洩らすまいと、僕は全身を耳にして彼女の声を聞いた。
「あの私ね、就職活動で出版業界を受けてたんだけど、その中でどうしても行きたい会社があって、
すごくいろいろその会社のこと勉強して、選考に進んだんだけど、落ちちゃったんだ…。
で、そのことがショックで他の出版業界の会社の選考も上手くいかなくて、
なんかもう全部ダメになっちゃったんだ…。」
彼女は少し涙ぐみながらも、一生懸命僕に話してくれた。
僕は、彼女が出版業界を志望していることはなんとなく気づいていた。
「で、もう、なんか、本当に全部ダメになっちゃって。私何やってるんだろうって…。
あんなに行きたかった会社あっさり落ちちゃって、他もダメで。
なんかもう人生否定された気分ていうか、もう私なんてもう生きている価値ないんじゃないかとも思ったり、
家族にもあたっちゃうし、もうなんか最低なんだよあたし…。
どうしたらいいのかわらかなくて、だれにも会いたくなくて、でも誰かに聞いて欲しくて。
もう自分勝手で自暴自棄で、こんな自分が今一番嫌いで・・・。」
彼女はその後もかわいらしい口でありとあらゆる罵詈雑言を自分に浴びせかけた。
僕はもうこれ以上、僕は彼女を見てはいられなかった。
僕はきっと目を閉じ、
『僕の好きな人の悪口をそれ以上言うのは止めてくれ』
と心の中で強く思った。
その瞬間、彼女は押し黙った。
僕が目を明けると、この日初めて僕の目を正面から見た彼女が、
目を見開いていた。
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